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     書 評 課 題 (第2回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

夏目房之介 著
『漫画と「戦争」』講談社現代新書、1997年

時代を映す鏡

 漫画に見る戦争の描かれ方の変化と社会の変化の関わりを説く。本書を一言で表すとすれば、この言葉が最も適しているだろう。本書は、戦後漫画の基礎を築いたといわれる手塚治の戦争寓話を始まりに、「新世紀エヴァンゲリオン」で「戦争」が、自閉した個人のなかのトラウマのたたかいまでに退行していくまでを考察している。
 筆者によれば、戦争をテーマにした漫画の礎を築いたのは手塚治だそうだ。60年代、手塚は、作品のなかで戦争を未来・過去に仮託された戦争寓話の形で描いた。同年代には、水木しげるが、平凡な人間の体験回顧的作品のなかに戦争の悲哀を淡々と描いている。両者に共通するのは、戦争は、実際の体験に通じるものであり、人間の外側におきたいことがらだったことだ。
 しかし、70年代、作家の層が、戦争体験世代から戦後世代へ移行していく。その変化の影響から、漫画のなかの戦争イメージは、個人の戦いというリアリティと、自己否定的な心情に変容していく。戦争体験世代の優れた漫画には、つらく・寂しい戦争体験と結びついた生命倫理がさまざまな表現で出てくる。戦後世代は、そのことを継承しつつも「革命戦争」のイメージと、個人的格闘の世界に入っていった。だが、「反体制」闘争と並行した「革命戦争」のイメージも、70年代に壊れ、個人個人に返っていき、内向していく。また、戦争体験のない人と戦争体験を持った人との倫理感覚の溝がみられるようになった。70年台以降、戦争体験のない身体からの救済や再生が、漫画の戦争イメージに求められてきたようだ。日本人の自己イメージは、その身体観を人気漫画やアニメから読む限り、相当分裂している。ただ、他のジャンルの漫画のなかでは、そういった傾向とは、逆の日本人像も描かれている。だが、漫画の戦争イメージをたどるこの試みは、なくなることのない病理に行き着くと筆者は、結んでいる。
 日本では、戦争そのものが、戦後漫画の大衆娯楽表現としての確立に深く関わっており、漫画は、その時代の屈折・矛盾を映し出す鏡といえるだろう。近年、コミックの発行部数が、1億冊を突破するという「ワンピース」が、人気を集めている。この物語は、基本的には主人公の海賊一味が、悪を討つという勧善懲悪的なストーリーである。けれども、海軍などの国家権力側からの正義も描かれている。世界平和のためなら、多少の犠牲はやむをえないといった視点である。こう言った視点は、過去にも描かれてきてはいるが、海軍の人間達の任務の遂行と自分の良心との葛藤まで深く描いているのは珍しい。
 私は、この背景には、ひとつの基準の善と悪ではなく、個人個人の多様な価値観・考えが、社会のなかで認められるようになってきたことと関係していると考えています。そのことが、「ワンピース」の爆発的な人気にもつながっているのでしょう。この関係を明らかにできれば、今の社会を紐解く重要な鍵を手に入れることができるのではないでしょうか。

2007/04/11
[ 評者: 山下 洋平 ]

 
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