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     書 評 課 題 (第2回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

渋井哲也 著
『ネット心中』NHK出版、2004年

インターネットが自殺志願者に及ぼす意外な機能

 未熟なカウンセラーや精神科医が、治療対象に必要以上に自己を投影したり、感情移入しすぎてしまうことを、精神分析の領域では、「逆転移」というそうだ。一昔前に、世間を賑わせた、ネット心中のいくつかは、これに類するものなのかもしれない。
 フリージャーナリストである渋井哲也氏が著したネット心中には、自殺を考えている人や、心中に失敗した人が、いかにして、自殺系サイトに出会い、死ぬことを思いとどまったのか、あるいは、未だに死のうと思っているのか、という過程が数多く取材されている。
 その中で、インターネットが自殺志願者に対して、どのように機能しているのかが、明らかになる。
 一つは、「手段」や「方法」を伝え、「心中相手」を宛がい、実際に死へと導いてしまう機能である。死にたいと強く思ってはいるが、実際に死ぬ方法が分からなかったり、一人で死ぬことが寂しいと思う人たちに、青酸カリや、練炭、車、自殺志願者などのように、人や場所や道具を提供するものである。
 もう一つは、強く死にたいと思っていない人でも、自殺志願者の悩みに触れ、同調することで、自殺志願者に引きずられるような形で、心中をさせてしまうというものである。冒頭で触れた「逆転移」の概念を用いると、この機能は理解しやすい。深い絶望に陥った友人の悩みを聞いたあとには、自身の気分まで落ち込んでしまうことは、誰にでもあるのではないだろうか。その結果として、ネットで知り合った自殺志願者と心中してしまうこともあるのだ。
 だが、本書は後者の機能について、プラスの方向への意味づけを行い、逆に自殺予防へと働くことがあることも明らかにする。死にたいと思う理由を吐露し、お互いの苦しさを共有することで、生きる意味や、自身を苛む問題が明らかになり、自殺を思いとどまるようになるというのである。
 ネット心中は、その特異性が注目され、マス・メディアに大々的に報道されたが、その実数は意外にも極少数である、2005年に警察庁が発表した「自殺サイト」を通じて知り合った人による自殺事案は34件91人であり、ネット社会に数多く存在する自殺系サイトの数と鑑みると、いかに自殺系サイトが「自殺促進」の機能を果たしていないのかが分かる。
 自殺系サイトが、一般に認知されているように、自殺志願者を死へと導くものではなく、むしろ、生きづらさの苦悩を吐露しあい、「生きる」方向へと導く性質を持つものであるということを、著者は数多くの取材の中から明らかにしている。本書には、死にたいと思った人たちの、苦しさや生きづらさが満ちあふれている。読んでいて、大変に気が滅入る。あまりにも暗い話ばかりでうんざりする。
 しかし、私はそれらの中に、微かでおぼろげながらも、希望を見たようながした。

2007/03/14
[ 評者: N.Y. ]

 
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