速水敏彦 著
『他人を見下す若者たち』講談社現代新書、2006年
仮想的有能感 ―更なる検証に期待
著者は、親と子、子と孫のような世代の違いによって対象に対する感動の強さが異なっていることに着目。その変化のもっとも根本的な要因は何であるかを、日本人の感情や、やる気のあり方の変化を切り口に、特に若者にみられるそれを検証している。
この本の要旨は、現在の日本人の心には自己中心的な考えがはびこっており、特に若者は、自分に利害関係のあることには興味を示すが、一般社会現象には関心が薄く、何かが起きると常に人を批判し、人をけなすことで自分を満足させようとする考えが強い。こうした現象は社会的・歴史的背景によるもので、集団主義から個人主義中心の社会への移行で「共生」より「自己」が大切になったことによる。例えば、教育現場でも子どもの個性・独自性を優先させ、優劣をはっきりさせることを極力ひかえる方針により、自己満足的な風潮を助長させた―ということ。
こうした考え方を、著者は「仮想的有能感」という言葉で表している。「仮想的有能感」とは、他者を悪者にすることで自己の評価を吊り上げることをいう。著者は、仮想的有能感を全能型・仮想型・自尊型・萎縮型の4タイプに分類。このうち自尊心をもち他者に不満がある全能型(高齢者に多い)と、他者にも自分にも不満がある仮想型(若者に多い)が、仮想的有能感の高い人とデータから分析。自尊型がこれまでの経験の蓄積の結果として自己も他者も肯定するのに対し、仮想型は経験なしに、他者を見下すことにより無意識にプライドの維持・向上を図ろうとする。本質的な悲しみを知り、人を理解し努力を経てこそ得ることのできる自尊型人間の形成が置き去られようとする現在に警告を発している。
そこで著者は、仮想的有能感からの脱却を図るために3つの提言をしている。1つは人間としての根本的な社会的生活をおくる前提となる「しつけの回復」。次に、達成感を得る場を設け「自尊感情」の強化をすすめる。最後に多くの人に直接触れ、実際にコミュニケーションできる「感情交流の場」の拡大―をあげている。これらにより人間相互の感情のぬくもりを感じ、そのぬくもりを感じあうことで自尊・他尊の感情を育み、生きる意欲を高めることができると結論づけている。
著者は、チャップリンの「ライムライト」を例に出し、相互に思いやるが、ハッピーエンドで終わらない悲しさと、主人公2人の思いやりに心が洗われる思いがすると述べている。しかし、ここで疑問に思うのは、仮想的有能感を生むと仮定している個人主義を持つ欧米は自己中心的な社会になっているのかということ。このほか「〜だと推測される」という表現に見られるように、客観的データが不足しているため、「若者ほど仮想的有能感が高い」ということには疑問が残る。この実証的な研究は2・3年前にスタートしたばかりという。個人主義と仮想的有能感の関連を欧米などを含めて裏づけとなるデータを集め、検証してもらいたいと思う。
2007/03/29
[ 評者: 金本 久美子 ]
|