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     書 評 課 題 (第1回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

溝上慎一 著
『現代大学生論 ユニバーシティ・ブルーの風に揺れる』
NHKブックス 2004年

大学生の憂うつ

 本書は、現代大学生の「やりたいこと」や「将来の目標」を基準とした人生形成のしかたがどのように生まれたのか、また、そのことをふまえて、当事者である大学生や大学教育機関に示唆できることは何なのか、を述べたものである。
 筆者は「大学生の憂うつ」を「ユニバーシティ・ブルー」と呼び、学歴最優先の中で自己実現を果たすことを「アウトサイド・イン」、自己実現を前提とした社会進出のことを「インサイド・アウト」と定義している。言い得て妙な表現である。
 本書では、以上のような巧みな表現を織り交ぜつつ、現代大学生の生き方とキャンパスライフを過去と対比させる事によって、その「現代性」を浮かびあがらせている。ターゲットは大学生から大学教育関係者、大学生研究者まで幅広く、順に歴史を追っていくことで非常にわかりやすい構成になっている。加えて、多くのアンケートを用い、現代大学生に対するステレオタイプを打ち破る点に、本書の特徴がある。
例えば、現代大学生が一番気にかけているものは何だろうか。世間一般には、「サークル」や「アルバイト」などと思われていることだろう。が、実のところは「学業」なのだという。しかも、それは、今も昔も変わらない事実なのである。調査主体は、著者の勤務校である京都大学を中心に、日本私立大学連盟、全国大学生活協同組合連合会などであり、調査の信頼性は高い。
 大学生をめぐる大きな時代の流れは次のようにとらえられている。60年代は大学の大衆化の時代。学歴が重視され、大学生の生き方は「アウトサイド・イン」の時代である。70年代からは若者文化が生まれ、多様な自己実現を望む。90年代はバブル崩壊による学歴社会の崩壊。大学は改革を余儀なくされ、大学生の生き方は「インサイド・アウト」となった。筆者は「アウトサイド・イン」で重視される学歴を「添え木」と呼び、この「添え木」がなくなった「インサイド・アウト」による生き方の難しさを指摘している。
 「添え木」とは、進むべき道を指し示してくれるものである。親の敷いたレールに乗る時、自分のやりたいことをひたすら追い求める時、または風潮として「〜すべきだ」というような時に現れるものだ。それゆえに、特に学校社会を出た時に添え木がなくなると、急に不安になるのである。そして、その不安を在学中からも抱えることによって、「憂うつな大学生」ができあがる。筆者は、この「憂うつな大学生」にならないために、「よく遊び、よく学ぶ」というありきたりなアドバイスを、あえておこなっている。
 今日の大学教育の問題は、激変する社会の中で起こっている歴史上未経験の問題である。この問題の解決がいかに困難であるかということを自覚したときに、その解決策が見出せるのではないかと筆者は言う。さらに、女性の生き方から見る大学生の姿に課題を残しつつ、本書を締めくくっている。終始「この問題は難しい」と言っているのが印象的である。
 筆者は、時代を区分し、それぞれの時代を「アウトサイド・イン」「インサイド・アウト」と定義付けているが、もちろんその中間層の存在も認めている。その上で、この概念を提示し、結論付けている。情報化が進み、画一化する一方でまた、多様化する人々の傾向を明確につかみ出すことはなかなかできるものではない。しかし、それでも時代の流れと共にあるわずかな共通項を見つけ出し、論じているのが本書である。

2006/10/20
[ 評者: 福本 みずほ ]

 
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