室田尚子 著
『チャット恋愛学』PHP新書、2005年
匿名性の世界でうごめく恋愛感情
チャット。手紙のように文字を使いつつ、電話のような感覚で、会話することを可能にした新しいネットコミュニケーションツールである。不特定多数の人と交わされる、匿名性の強い言葉のやりとりは、実際に会話する以上に快楽的である。その快楽の一方では、誤解や中傷から人の心を傷つける出来事も起きている。そのような現状の中で、本書はチャットが人にどのような影響をもたらすのかについて論じている。また、最近話題となった「電車男」や実際に起こった恋愛事件を例にあげつつ、恋愛をテーマにおきチャットと恋愛の可能性をも説こうとしている。
本書は「ネットコミュニケーション」「チャットとは」「チャットの魅力」「チャット恋愛」という大きく4つの章に分かれている。
匿名性が強いがゆえに、人はチャット上で現実とは違うもう一つの人格(オンライン・ペルソナ)を作り出し、現実の自分とは全く違う人柄を演じる。男性が女性のふりをしてチャットを行うネカマがその一種である。しかし、ネカマはオンライン・ペルソナのネガティブな一例であると筆者は言う。
むしろチャットを使うことにより、人は自分の本当の姿を見出すことができると主張するのである。内気や対人不安に全く縛られないチャットという空間で、人は真の自分自身を表現できる。チャットは「本当の自分探し」を行える唯一の場所なのである。
チャットは恋愛の場としても大きく拡大している。相手の顔も姿も声も無い状況で人は恋愛感情を抱く。その要素の中に、互いに似た所を感じあう類似性、本当の自分を見せてくれたという自己呈示、その自己呈示に対応するという自己開示と相補性、言葉によって作られた相手のイメージを理想化と様々な要素がある。しかし、一方で実際に相手と会った場合、そのイメージがかけ離れており「こんなはずではなかった…」という落胆を覚えることも多々あるという。それが原因となり様々な恋愛トラブルが起きている。筆者は周囲で起こった恋愛トラブルを例としてあげ、チャット恋愛の罠にはまらないよう、またそれが犯罪につながらないよう、チャットと向き合う方法を提言している。
チャットによって結ばれた関係は、ある意味で現実社会での関係より濃い。自分自身のプライバシーに関わるようなところまで話をし、自分をさらけ出すことが可能である。しかし、チャットを去ればその濃い関係は現実社会では残らない。チャットに「はまる」ことは、濃いがゆえにとても薄い関係を作りだしているとも言える。この新しいコミュニケーションツールに我々は適合していく必要がある。チャットやBBSが原因とされる事件が続出している今日において、我々はこのようなツールに対し常に警戒心をもち、自分自身をリアルに捉えていくことが重要である。匿名性の高いものだからこそ、本当の自分自身を表現できる場所だからこそ、自分を見失わず、このツールに接していくことがチャット恋愛における鉄則なのであると、筆者は言う。
最後に筆者はチャットが人を変えているのではなく、人が自ら自分を変えてしまっていると述べ、コミュニケーションを求める人がチャットなどの問題について考えていってほしいと願っている。例示や体験談を論拠として展開されている本書は分かり易く、読みやすい。ただ、チャット恋愛の根本的な部分、基礎的な知識は明確に提示されているものの、もう一歩踏み込んだ論述に欠けるところがある。この点に物足りなさも感じられた。
2006/10/25
[ 評者: 檜山 壮志 ]
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