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     書 評 課 題 (第1回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

稲増龍夫 著
「現代若者気質に見る酒場のゆくえ」
玉村豊男編 『酒場の誕生』紀伊国屋書店、1998年

若者の飲酒文化の変化

 若者の文化が変化していると囁かれる今日、飲酒文化にも変化がおきているようだ。「酒場の誕生」という本の中のこの論文には、若者の飲酒文化の特徴が、その舞台となっている酒場によく現れていると述べられている。
 ここで取り上げられるのは、居酒屋はもちろん、カラオケボックスや屋台、カフェバーやゴールデン街などである。居酒屋では、いまだに大学生のコンパなどは行われているが、「とりあえずビール」という風潮はなく、それぞれが最初からサワーやら何やらを注文する。さらに皆で盛り上がるのは乾杯の時ぐらいで、その後は個人個人の少人数になり、「語り」はじめる。このように、若者は「個人」を大切にするようになったのだという。
 たしかにそうである。居酒屋のメニューもビールからカクテル、焼酎やワイン、ソフトドリンクやノンアルコールカクテルに至るまで幅広く取り扱うようになってきている。このことからも、著者は「飲み会」の目的が、「好きな仲間と皆で一緒にお酒を飲む」よりも、「好きなお酒をみんなで集まって飲む」というように変わってきていると述べる。かつてのように、酔えればいいとビールにウィスキーを混ぜて飲んだり、安い焼酎をイッキしたり、などという光景はほとんど見られないのだ。
 このような個人を大切にする光景を、著者は「カラオケボックス」の光景と同じである、と述べる。そこでは仲のよいグループがさもみんなで盛り上がっているように思える。しかし実際は、自分の番に何を歌おうかが最大の関心事となっていて、最終的には「自己表現」「自己陶酔」が目的の場となっていると言うのだ。昔ブームを起こした「歌声喫茶」に見られる「連帯」とは明らかに異なっているという。
 著者によると、若者は、「仲間の連帯」のために集まるのではなく、「自分の居場所」を確認するために集まる。仲間に囲まれ、楽しく盛り上がる自分に酔っている。その際に、必要なのが「酒」であり、「酒場」がそのステージとなっているという。
 このように、「酒場」に求めるものが、人間関係ではなくなってきた。そこで登場するのが「カフェバー」である。人間関係よりも、雰囲気や個人の楽しみを重視する若者にとっては、常連やムラ文化は必要なくなった。「相互不干渉」が保障されている「カフェバー」には軽くてクールな表層文化が幅を利かせていると著者は述べる。
 しかし、人間関係を重視しないというよりむしろ、その人間関係がオープンなものからクローズなものへと変化した可能性はないだろうか。人間関係において重要なことは、知らない人ともコミュニケーションがとれることだけでなく、自分の大切な人(それが一人であっても)と仲良くできるかということもあるだろう。
 かつて、お酒の力を借りないと一体感が生まれないと思われていた時代には、たくさんの人たちが集まってお酒を飲むことが重要だったのかもしれないが、逆に若者がお酒を飲まなくなってきたのは、お酒の力を借りなくても、コミュニケーションが取れる時代になってきたからなのかもしれない。
 本書ではこのような現象がいいのか悪いのかは述べられていなかったのが少し気になるが、現代の若者をうまく描写できている、優れた観察力がうかがえる論文であった。

2006/10/23
[ 評者: 小林 加奈 ]

 
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