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     書 評 課 題 (第1回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

山下清美・川浦康至・川上善郎・三浦麻子 著
『ウェブログの心理学』NTT出版、2005年

ウェブログの再定義と実証的研究

 ブログ関連の書籍は数多あれど、その多くはハウツー本の類であり、もしそうでないとしても、近年爆発的にヒットした「はてダイアリー」などの日記作成ツールや、その周囲の現象のみを対象にした視野の狭い分析にとどまっているものがほとんどだ。それらの、ブームが過ぎれば2度と読み返すこともないような本とは一線を画して、「ウェブログ」というコミュニケーションツールに心理学的立場から迫り、その本質を明らかにしようとするのが本書である。
 ブログ関連本としての本書の特徴は、「ウェブログ」という語の定義を、インターネット上で書かれる日付を伴った日記的なコンテンツの総称である、としていることだ。「ウェブログ」と聞いて多くの人は「はてなダイアリー」などの「誰でも簡単に日記が書けるツールを提供するサービス」を連想するだろうが、本書ではそれに加え、個人ホームページ内の日記コンテンツや、テキストサイトなども含んで「ウェブログ」と呼んでいる。狭い意味でのブログと、10年以上前に既に存在していた日記サイトとを同じ「ウェブログ」として扱うことで、広範な視点に立った分析を可能にしているのだ。
 著者の4人は、それぞれが社会心理学や認知心理学を専門とする学者で、彼らが分担して書いた4つの章とまとめの章から構成されている。
 まず第1章(川上)では、人は何を目的にホームページを持つのかということを考察している。個人ホームページの内容を国際比較した結果によると、ホームページに日記があるページが、米国の8%、中国の4%に対して日本では24%に上り、かなり多い。日記とは自己開示的、自己表出的なメディアであるから、日本においてホームページは、情報を公開するためというよりは、日記を通して自己を表現する手段として捉えられているというのである。
 第2章(山下)は、ウェブログの誕生から現在までの通史である。ウェブログとコミュニティの姿の変遷を丁寧に解説している。
 続く第3章(川浦)こそが本書の中核だ。「ウェブログの社会心理学」と題されたこの章では、著者たちが1997年に行ったウェブログの作者へのアンケート調査をもとに、なぜ人はウェブログを書き続けるのかを考察している。調査の結果によると、ウェブログへの満足度を「自己表現満足」と「被理解満足」とに分けたとき、日記を書き続けようとする意志を強めるのは、自分が他者に良く理解されていると感じる「被理解満足」が高まった場合のみであり、「自己表現満足」の高まりと日記の継続意向とは直接結びつかなかったという。すなわち、ウェブログを継続する理由は、自己表現よりも、理解してもらうという他者との関係性=コミュニケーションの存在が大きいのだ。ウェブログそのものは自己表現であるが、けっして自己満足的にはならずに、常に他者を意識して行われるコミュニケーションの手段となっているのである。
第4章(三浦)では、2004年に再び行ったウェブログの作者への調査結果を1997年のものと比較している。そこで示されたのは、前回調査と同様に、日記の継続意向には心理的な満足感が影響しているということであった。
 まとめの終章(山下)で著者は、ウェブログという日々の断片的な記述であっても、積み重ねることによって、それは貴重な時代の証言になるかもしれないと述べている。そして、「ウェブログがこれからますます面白くなることは間違いない」との言葉で本書は締めくくられている。
 本書は、章ごとに執筆者が別々なので、内容に若干の重複がある。また、全体の流れを見ると、第2章でウェブログの歴史について語られるのにはやや唐突な印象を受ける。そのことが本書の欠点と言えるだろうか。
 3章、4章では、ウェブログは人とつながることを目的としたメディアだという比較的ありふれた結論に落ち着いてはいるものの、社会心理学的手法でデータを分析することで、説得力のある議論を展開できていることは高く評価できる。さらに重要なのは、3章で明らかになったように、97年の時点で既に、日記サイトの作者は他者とのつながりを求める心性を持っていたということだ。現在のメディア論では、「はてな〜」や「ミクシィ」などのブログサービスを全く新しいメディアだと捉え、そこから現代の若者の気質―絶えず人とつながっていたい、など―を語ろうとするものも少なくない。しかし、日記サイト・テキストサイトという形でウェブログは十年以上前から存在しており、日記を書くことで他者とつながろうとするのは現在に特徴的な振る舞いではないことを3章の分析は示唆している。ステレオタイプな若者のイメージに風穴を開けることにも、本書は有効に働くだろう。

2006/10/20
[ 評者: 河辺 拓 ]

 
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