小谷敏 著
『若者たちの変貌―世代をめぐる社会学的物語』
世界思想社、1998年
本書は、一九六〇年代末の学生反乱から現在にいたる約三〇年間の若者像と、その背景をなしているそれぞれの時代相とを記述し、分析することを課題としている。そして筆者が若者論の「ブーム」とも呼ぶべき四度の時期と考える、 に対応する、四つの世代を各章で論じている。つまり すなわち(1)「団塊」世代――学生反乱直後の七〇年代初頭―― (2)「モラトリアム人間」――若者の社会からの退行、政治の保守化が喧伝された七〇年代末―― (3)「新人類」――ニューアカブームや高度情報化、バブル景気との絡みで新人類が喧伝された八三〜六年―― (4)「団塊ジュニア」――ブルセラ、援助交際等の少女文化、そしてオウム真理教事件、震災ボランティア等々の現象が錯綜して論じられた九三〜五年―― の四つの世代を各章で論じている である。そして世界と日本の(1)を論じた第I部と、(2)〜(4)を論じた第II部の二つの部分からなっている。
(1)ではまず、学生反乱とは何だったのか、そのなかで若者たちは何を考えていたのか、について述べられて が記述されている。この時代、学生反乱は世界的現象であり、「ベトナム反戦」というスローガンは世界の若者たちに共通のテーマと国境を超えた世代的な連帯感とを与えた、と筆者は考察している。そして自分たちは先行世代の被害者であり、世界の悲惨の原因についてはイノセントであるという認識は、世界のベビーブーマーたちのものでもあった。当時の日本の若者たちは、管理化とシステム化の進行する社会のなかで、青年期――自由な役割実験期間としてのモラトリアム――を奪われていると感じたが故に「怒れる若者」となり、学生反乱と対抗文化の担い手となった、と筆者は分析する。筆者は「団塊」世代の彼らを「青年期を奪われた若者たち」としている。そして、急激な経済発展と社会変動のなかで育ったこの世代は、皮肉にもその豊かさによって彼らの内面の空洞を広げられてしまったという。
第II部では、先述の(1)団塊世代の「青年期を奪われた若者たち」に対して、(2)〜(3)の世代の若者を「子ども期を奪われた若者たち」と表現している。(2)以降の世代は経済発展の結果、遊びのための自由な時間と空間と仲間とを欠いたまま育った世代であるが故に、若者となってから後も幼児性に固執するのではないか、と筆者は述べる。例えば(2)と(3)の世代が主役となった一連のオウム事件からは、身の毛もよだつ残虐性と同時に、呆れるほどの幼児性が浮かび上がってくる。「汚れた」世界はハルマゲドンによって破壊され、その後に「神仙民族」オウムの人々が桃源郷を築き上げる。こんなアニメじみたリアリティのなかに閉じこもった彼らは、戦争準備とテロルとリンチ殺人に耽っていった。麻原と幹部であるエリートたちは共に、子ども期――充実した遊び集団の経験――を欠落させている。オウム教団の「呆れるほどの幼児性」はこのこととは無関係ではないだろう、と筆者は考察する。
(4)の「団塊ジュニア」を述べる に関する最終章では、情報社会のなかで彼らはどんどん「無知」になってきているし おり、多くの若者は社会的関心を決定的に欠落させていると筆者は言う いう主張がなされる。筆者は、「無知」は大学進学率上昇の当然の帰結であり、彼らなりの情報化社会への適応とみている。そして、「団塊ジュニア」が育ってきた環境を筆者は次のように述べて 記述している。「団塊親」たちは夫と妻、そして親と子が「友だち」であるような家族のあり方を志向した。その結果、こうした両親に育てられた子どもたちのなかでは、個人の行動を内側から規制する「超自我」は育ちにくい。「超自我」の不在は、子どもたち自身の自我をも希薄化させる。そして、絶対的な規範を押し付けられることなく育った子どもたちは、善悪や規範に対する相対主義的な認識に対して、親和性を抱くようになる。また、「団塊ジュニア」は「友だち」を志向する親の振る舞いを演技としてとらえた。自我が希薄化され日常の行為そのものが芝居じみたものと感じられるようになった結果、若者たちは単一の自己という観念に対して懐疑的になっていった。
筆者は最後に、かつてマチやムラが担っていた教育的機能のすべてを、弱体化した家族と学校に押しつけてしまったことが、今日の家族・子ども・学校・そして若者の問題の根幹で にあると述べている。
本書を読むことによって、これまで叫ばれてきた「若者論」の流れをその時代背景とともに追うことが可能である。しかしそのなかで気になる点がある。(1)の団塊世代について、筆者は若者を「大学生」という前提で描いている。確かに学生反乱が盛んになり、大学生である若者たちが注目された時代ではあった。だが、大学に進学していない若者たちも多く存在していたはずだ。彼らはこの時代、やはり同じ年齢の大学生たちと同じような思想をもっていたのだろうか。一部の若者だけを取り出し全体としてとらえてしまっている、というのは言いすぎであるとしても、「大学生」以外の若者たちの居場所はどこにあったのだろうか。
そして、今日の問題の根幹が地域の教育的機能の低下にあると筆者は述べる 主張しているが、コミュニティの再生は可能なのだろうか。地域で子どもたち・若者たちを育てるという機能は確かに重要ではある。しかし、地域での相互援助は実際めんどうなつきあいも必要になる。それが嫌がられたからこそ、今日のコミュニティの消滅があるのではないか。こちらだけを除いて地域からメリットを受け取ることはできない。コミュニティの再生は指摘としては重要なものであるが、どう実現するかとなると非常に難しい問題だといえるだろう。
2005/05/29
[ 評者: K.S. ]
[ comment ]
「――」がいくつか使われていますが、あまり多用すると読み手にとっては読みづらい。これを使うと何となくかっこよさげだったり体裁がついたりして、書き手にとっては確かに便利なんですが。文章力をつける意味からも、あまり使わないように心がけてください。
内容自体はよく書けています。要約もまとまっているし、批判点もなかなかいいところを突いている。
ただ、欲を言うと、もう少し補足やツッコミができるところがある。たとえば、団塊世代の大学進学率は簡単に調べられますよね。当時はせいぜい1割程度だったはず。こうした情報を盛り込むことによって、団塊世代を1割の大学生でもって語り、残り9割を捨象してしまうのは適切なのか、といった批判がより説得力を増します。
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