大塚英志 著
『「おたく」の精神史 一九八〇年代論』
講談社、2004年
評論家、編集者、小説家、漫画原作者。とにもかくにもこの本の著者、大塚英志は物書きである。サブカルチャー全般に精通しており、本書も「おたく」を主軸とし実に様々なサブカルチャーを交えて論じられている。読了直後の感想は「濃い」の一言に尽きる。
副題が示す通り1980年代に「おたく」という語が誕生し(「オタク」ではない。 ちなみに著者は、ひらがなの「おたく」と、現代美術に引用されるカタカナとしての「オタク」とは著者は明確に差別化 を明確に区別*1している)、それ以降現代に至るまでのおたく史が、あらゆる方面に手を伸ばしつつ わたって綴られている。書評する側の 者たる私が80年代当時は10代にも満たない子供であり、当時のサブカルチャーについてほとんど知らなかった為 ため*2、本書の随所にでてくるキーワードにあまり馴染みがなかったことも「濃い」と感じた一因かもしれない。とにかく圧倒的なボリューム(事実、ページ数も多いのだが)で「おたく」について論じられている。
本書は全二七章、四部構成からなる。
第一部は、「おたく」なる語がいかに誕生し、サブカルの舞台でどのような役割を演じたのか、を著者自身が編集者であった経験から にもとづきつつ、自伝的な語り口で述べられている。おたくと新人類の差異、おたくメディアにおける性表現の記号化などについて、主に当時の雑誌、まんがを引き合いに ながら分析を行っ している。
第二部は、「少女フェミニズムとその隘路」と銘打ち、情報としてのアイドルであった岡田有希子を始めとして、80年代におけるアイドル論を、具体的な例を多々挙げ検証している。また、少女まんが、フェミニズム、消費社会を同一の問題として扱い、80年代サブカルチャーにとっての女性領域が何であったかの考察を試みている。「他者」としての女性を喪失した恋愛幻想について、著者が「恋愛幻想というテーゼそれ自体が、ぼくたちの時代の病であったことは今でも十分に承知している」と記した一文は印象的である。
第三部は、消費社会においておたく世代が消費者としてどのように関わっていったかについての考察が主である。送り手の意図と反して過剰な意味解釈をするおたくたち。仮想世界に歴史を求め、自らが送り手となっていく彼らだが、安易に現実を求めてしまうところに日本型「おたく文化」の限界を見る がある、と著者は斬る。ちなみに第三部のタイトルともなっている物語消費とは、物語を疑似創造する行為と、モノの消費が一体となった形式を指す。
また、第三部十七章からは論調が若干変わり、第一部のように自伝的な語り口となっている。
第四部は、冒頭から湾岸戦争と「文学者」たち、と一転してジャーナリスティックな切り口から始まる。オウム事件については多くの批評や報道のズレを指摘し、自身とのスタンスの違いを示している。終章では「エヴァンゲリオン」と14歳、とタイトルをつけ、戦後おたく表現の終着点としてこの作品を評価している。また本作品の主人公による「私」であることへの渇望を「自己実現としての動機」として神戸連続児童殺傷事件に結びつけている。本事件を戦後サブカル史の終着点とし、本書は締めくくられる。
本書最大の欠点は「詰め込みすぎ」な点にあるのではないだろうか。もちろん各論題における考察は実に深く、「おたく」視点によるサブカル史という意味合いでは貴重な一冊であろう。80年代当時のサブカルチャー回顧録として共感できる読者にとっては良書であろう。あとがきで著者は「ぼくが私的に身を置いたサブカルチャー領域、しかもエロ本業界というミニマムな場所に顕在化したある袋小路を主として記述している」と記す している。全くもってその通りである。一応は1980年代論と銘打っている以上、時系列に沿って論じられているのだが、話が行き当たりばったりになりすぎており漫然とした印象を もうける。全編に渡って盛り込まれる宮崎勤絡みの記述も加筆改稿してまで本書に盛り込む必要はあったのだろうか。(当時34歳だった著者は宮崎事件において、被告の常人ならざる心理を解説するため、弁護団の一員として出廷、証言している。当時34歳)。まえがきで本書を出版するにあたってタイトルに「おたく」と冠することによって読者を狭めるのではないだろうか、という編集部の危惧について記載があるが、いずれにしろ*3本書は人を選ぶであろう。
2005/05/28
[ 評者: O.S. ]
*1:「差別化」はもともとマーケティング用語なので、この場合はすなおに「区別」としたほうがよい。
*2:漢字の「為」でも間違いではないのですが、一般的には「ため」と表記する。
*3:どう「本書は人を選ぶ」のか?「いずれにせよ」で片づけられてしまうと、隔靴掻痒。もう少し説明がほしい。
[ comment ]
文章が達者なので、流れがあって、すんなり読めます。
ただ、要約部分が「あらすじ」の解説のようになっていて(小説やエッセイの書評ならそれでいいのですが)、著者の取り組んでいる問題・論点が何なのか、どこにあるのかが、今ひとつ明確につかめない。
まあ、「語り下ろし」の本で、論旨がさほどすっきり整理されて書かれているわけでもないので、難しいだろうとは思うのですが。
もうひとつ、大きな問題ではないですが、少し気になる点。
「とにもかくにも」「とにかく」「全くもってその通り」「いずれにしろ」という表現は、有無を言わさぬ断定を示す表現です。あまり用いすぎると、独断的な臭いが漂ってしまう。このあたり、少し気をつけて、書評の読者を“説得”すること(“断定”するのでなく)を意識してください。
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