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     書 評 課 題 (第1回)  
  辻大介ゼミ7期    
 

町沢静雄 著
『ひきこもる若者たち ひきこもりの実態と処方箋』大和書房、2003年

共感性とひきこもり

 現在 、日本の「ひきこもり」の数は、80万から100万といわれ、そのうち8割が男性だといわれている。この「ひきこもり」問題を取り上げたのが本書である。著者は、長年、精神科医として1980年ごろからひきこもりの子とその家族と向き合ってきた人物であり、彼の実体験と医学的な観点に基づきながら、「ひきこもり」の実態と治療の困難さがわかりやすくまとめられている。
 筆者は、ひきこもりの要因について以下のように指摘している。個人の面から言えば、対人関係能力がきわめて低下してきている。そのため社会に出て行くことに、ためらいを感じる人間が増えてきている。さらにその傾向に拍車をかけているのが「村八分」的ないじめ現象である。いじめは、ひきこもりの始まりといえる不登校のきっかけとなり、対人関係能力の弱い人をいっそう弱くさせ、彼らに集団に入ることを拒ませる要因となる。学力によって序列化され、厳しい競争社会の中で若者の一部は、それを乗り越えることができずに立ちすくんでしまい、ひきこもりの道を選ぶことになる。それを可能にしているのがパソコンであり、もうひとつは、両親(特に母親)の過保護だとしている。
 そして、人と人とが気持ちが通じ合うこと−共感性が、人間が生きるうえで最も重要なものであり、このことをあまり理解していないからこそ、一人ひとりが生きる価値観が不透明になり、存在感が希薄となり、虚無感が、蔓延するのだと結んでいる。
 全体的にアンケート調査やデータではなく筆者の経験談を基にした主張が多く、少し主観的過ぎる感もあるが、だが、ボランティアなどで「ひきこもり」の援助をしていて、「ひきこもり」は、ちょっとしたきっかけで治るという比較的安易な考えやイメージを持っている人たちに、特に読んでほしい本である。
 何年も何十年もひきもっていた人が、社会に出る一歩目の難しさ。「ひきこもり」の生活から立ち直り再び学校に通い始めたが、ひきこもっている間に同級生との学力との差が開きついていけなくなり、またひきこもってしまう。ひきこもっていた人が、就職のときに直面する社会の厳しさ。この本を少し読めば、「ひきこもり」問題の難しさがわかるだろう。    
 また、ひとによって「ひきこもり」の原因も重さもまったく違う。不登校から「ひきこもり」になる子もいれば、エリートコースをひた走っていた子が、突然「疲れた」と言ってひきこもってしまうケースもある。半年くらいで社会復帰できる子もいれば、何年たっても立ち直れず、ついには諦めてしまうケースもある。まさに人の数だけ「ひきこもり」の数もあるといえるだろう。
 だからこそ、筆者は、一人ひとりに合わせて様々な対応をとっている。人間は、一人ひとり違う。にもかかわらず未だに村社会の日本で「ひきこもり」が増えるのは、仕方がないものかもしれない。学歴だけでなくもっと多様な評価をされて、筆者が、結びで述べた共感性を大切にする社会になれば「ひきこもり」は、おそらく減っていくだろう。これが、我々が、これからの社会を生き抜くための鍵なのかもしれない。

2006/10/25
[ 評者: 山下 洋平 ]

 
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