高木 修・戸口 愛泰 著
「「絆」の光と影―「絆」のイメージとその構造に基づく「絆」尺度の作成」
『関西大学社会学部紀要』第37巻第2号、2006年
絆のあらわれ
さまざまな社会問題が発生する中、それを取り巻く対人関係の様相が大きく変貌している。その原因究明と解決の手がかりを得るために人間関係の中核ともいえる人と人との「絆」に着目したのがこの論文である。
私たちは常識として「絆」についての知識を十分に持っていると考えがちであるが、実際にはそれほど理解していない。それはあらためて思いをめぐらしてみることがほとんどないからである。では一体、人と人が「絆」で結ばれるということは、どのような現象を指し、どのような働きをするのであろうか。
「絆」とは人と人との断つことのできない情緒的なつながりのことである。その「絆」を本論分は愛着理論から注目している。研究方法としては「絆」というものが概念的にどういうものか知るために、人々が「絆」について抱いているイメージや他者と絆で結ばれることに対する態度を調査し、「絆」の構造を解明。つぎにその構造に基づいて、絆で結ばれることに対する態度を測定する。絆関係が仮定される二者関係、特に母子関係における絆態度と関係満足度との関連性を検討している。
調査は、既婚の大人群と未婚の青年群に分けて実施されている。絆のイメージは青年群と大人群であまり変わりはないが、大人群は青年群よりも実際の経験に基づいた内容が多く含まれているという。絆で結ばれる可能性のある関係性の経験値が絆の実態を捉える上で、またデータの信頼性を高める意味で重要であることが示唆されたようだ。また青年の希求する絆関係は、マイナス面の存在を認めているものの、プラス面への偏りがあることが示されている。大人群は自らの働きかけから絆関係を能動的に構築してきた経験が相対的に豊富で、青年群は絆のある関係の存在が当然のこととされる受動的な絆関係しか経験していない可能性が高いため、差が出たのではないかという。しかしここで問題なのは絆関係を一般化することにある。絆関係は多様であり関係性ごとに違うためそれらをまとめるのは難しい。それぞれの絆が生まれる関係性ごとに「絆」のイメージを測ったほうが良いのかもしれない。
次に二者間の絆関係に対する態度を調べ、その上で二者間の絆関係に対する態度が関係性自体の満足度に及ぼす影響を検討している。それについては母子関係に焦点を絞り進められている。「情緒的な先行用件と効用」因子、「否定的・不安定的」因子、「自然発生的・安定性」因子、「繋縛性」因子の4因子構造で分析されている。分析結果は喜びや愛情が絆構築には必要であるとの考えと、絆は自然発生的にできあがり安定しているとする考えとが、母子間(親子間)の絆の共通の「質」であることを暗示しているという。子どもにとって、母子間の絆とは努力が必要なものではなく、あくまで自然に発生し、安定している宿命的なつながりであり、それに縛られることの当たり前さが関係の基盤になっているのだ。また、子どもにおいては絆の否定的・不安定な負の側面と関係満足度との間に非常に高い負の相関が認められたことから、少しでも絆がわずらわしいものに変容したとたんに関係が悪化する可能性が推測されている。
絆について一般化する上で、未婚と既婚の二つに分けたことで、それまでの人生経験上の絆に対する能動的働きかけが差となって現れたのは非常に良い分け方だったのではないかと見受けられる。大人群はそれまでに自ら絆というものを作ってきた証拠がある。それに対し、青年群はそれまで与えられた絆しか知らないのだ。絆は母子関係が最も発生しやすく分かりやすいが、母子関係以外というより血縁関係以外での絆については後天的なので調べるとより興味深くなりそうではある。絆を概念化する上では、さらにさまざまに発生しうる絆について二者間で研究する必要があるだろう。
2006/10/12
[ 評者: 伊藤 好美 ]
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